1.鬱について
一人のケースを追うのではなく、ここでは様々なケースや「鬱病」であろう症状とその「原因」と「結果」を記し、その上で「うつ」の正体を明確にしていこうと思います。
うつや抑うつ、鬱病の「原因」と「結果」。なんだか切り口からして解り難いと思われます。私も自分で言っている事がよくわかりません。
つかみどころの無い事象こそ、何かしらの「目的」の様なものがあると考えます。「目的」には「原因」と「結果」がついてまわります。鬱を「病気」として解釈し場合、「目的」など考える必要があるでしょうか?
もちろん、はやく治して元気になるのが目的となります。
何よりそれが一番ですが、「鬱状態」になる事により、水面下で「何か別の事に対しての防衛機能が働いた」と仮定した場合、うつの正体の本質が窺えるヒントくらいにはなるのでは、と思います。
例えば、ですが、あらゆる事が行き詰まった人間が居たとします。行き詰まりすぎて、あらゆる社会面が破綻寸前で、鬱状態になります。その人は、とにかくゆっくり独りで考える時間が必要だと漠然と感じたとします。
そして数年、ひきこもります。アグレッシブな事など一切出来ずに、例えはとても悪いですが、屍の様な生活を続けます。
全てに対し、前向きな思考が出来ない鬱状態の中、様々な葛藤と戦います。
その場合、「目的」も「原因」も存在すると考えられます。「結果」は、人それぞれという事になります。
そして、鬱状態を糧にする人間もいれば、病気として扱う場合もあります。うつの恐ろしさや苦しさは他人からは視覚的には見えず、更に、程度に凄まじい差と理解の壁が存在します。
目的や原因もクソも無く、脳内神経伝達物質の分泌やバランスの明らかな異常と診断される状態もあります。
抑うつ状態をエネルギーに創作に励む人間もいれば、苦しみの果てに死を選ぶ人間も居ます。
そういった両極端な「結果」を選択される「鬱」の精神面や思考状態を、様々なケースをもとに記していく事からはじめようかと思います。
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