29.自覚充分な中毒者
ギャンブル依存症解析【最初から読む】
非常に難解な仕組みのギャンブル依存症ですが、彼はこの症状になり自分が何故そうなのかという事は意外にもかなり解っていた様です。
28歳の頃、彼のメイン機種は「CRエヴァンゲリオン使徒再び」でした。
依存症についてもギャンブルについても、それこそ一晩も二晩も語れるくらいの知識と経験がありました。
それでも、大した戦略も無しにこの台で勝ち続けた要因は解りませんでした。
そしてこの相性抜群?の台はホールからゆっくりと姿を消しました。
後継機としての「CRエヴァンゲリオン最後のシ者」のリリースに伴い、入れ替えとなりました。
「まずいな。今回の新台でも勝てるとは限らない…….
なにしろあの台で勝てていた理由が全く解らないわけだからなあ。
スロットは相変わらずだし、とりあえずこの「最後のシ者」を攻めるか….」
この心境が物語る様に、もう彼には「戦略をもって勝てる要素を分析し徹底敢行する」という発想は殆ど無くなっていました。
「リプレイハズシ」や「設定判別」「ストック狙い」なんかはもう完全に過去の出来事です。
無防備で打つ事の危険性は嫌という程知っているはずの彼が、これといった戦略介入の余地の無いCR機で勝負するのに抵抗が無くなってしまったのは、「CRエヴァンゲリオン使徒再び」でのマグレ勝ちがどういう訳か1年も続いたからでしょう。
それほど「博打の成功体験」というのはブレーキの正常機能と常識的な判断力を狂わせます。
彼はその事を充分に理解していました。
理解した上で、狂った判断に身を委ねるのです。
その理由は「ほんの少しの希望」が捨てられないからです。
勝てば問題無い、勝てる機種を打てば勝てる、この機種の前身機では勝てたから打つ!
などという不可解すぎる三段論法すら簡単に根付いて行動に移してしまうのが「狂っている」証拠です。
狂った人間はとてもシンプルで、全ての思考と行動が短絡的です。
中毒者がやる事はたったの一つしかありません。
胴元であるホールにとってはギャンブル依存症の人間が最も良いお客さんです。
カモがネギを背負って鍋に乗って来店する様なものです。
離す訳にはいかない優良客です。
クスリが切れない様に、店内や近隣にちゃんとATMを設置します。
繰り返しますが、その辺もこの頃になってくると彼は全て自覚しています。
それでも無防備なギャンブルに挑むのは、1年間勝ち続けた成功体験が全力で背中を押してくれるからでしょう。
「これが新しいエヴァの台か。
スペックもほぼ一緒だし、まあイケるだろ….!」
せめてもの気休めというか、彼は通うホールを等価交換の店に変えました。
等価交換だけど、釘は全然キツくない。
ある程度回る(玉がチャッカーに入賞する頻度が理論上プラス収支に繋がる)台を打てば「機械割100%超え」となる調整の台で営業しているホールに鞍替えしました。
そんな理論上100%超えの台が多少なりともいつも置いてあるホールの営業形態をまず疑うべきなのですが、その辺のブレーキが機能していない彼はそのホールでしばらく打ちました。
「お、この台は1000円で20回転も回るな。
等価交換だから充分だな!よし……..」
この頃の彼の「勝てると判断する要素」はこれだけです。
コンドルやキンパルの頃の戦略要素の1/10くらいの根拠です。
そして彼は「確率に対する認識」と「台の基盤のプログラム」については大した専門知識はありません。
数学やプログラミングのプロフェッショナルは、真剣に勝とうと思ってパチンコを打つ事はまず無いでしょう。
端からみたら、この頃の彼はもう「思い込み」と「気合い」のみで勝とうとしています。
当然コンスタントに負けが込み、彼はこの店で地獄を見ます。
この数年後、彼がギャンブル依存症から脱するにあたり最も必要な要素を得たのは、この最底辺の地獄に居続けた時の彼の「視点」でした。