31.悟りかけの彼
ギャンブル依存症解析【最初から読む】
彼がギャンブルを打つ事が苦しくなってきたというのは、具体的にどういう事でしょう。
ギャンブルを打たない人間にとっては意味が分かりません。
負けて金を失えばそりゃあ嫌だろう、それくらいの解釈しか出来ません。
という事は、ギャンブル依存症というのは、そうでない人間にとっては全くもって理解不能だという事です。
「ギャンブルで負けて悔しくて、借金やら重ねて、それでもヤメられない。
周りからも冷ややかな目で見られる。だからギャンブル依存症は苦しいのでしょう?」
というのが一般的な感じでしょうか。
しかし少なくとも私と彼は、そう解釈もしますが、そこは最も重要な点では無いと考えます。
確かにギャンブル依存症に付き物の「借金」や「周囲からの孤立、虚言」は、ギャンブルを打ち続ける為に当人が重ね続ける依存症特有の行為です。
「精神活動の慢性不調」や「社会的活動の怠惰」は合併症の様なもので、ギャンブルを打つ為に自らの尊厳を保つ事を後回しにし、物事の優先事項と順位を誤認することで賭博行為に日々興じる事が可能となります。
本来自覚している自分の活動をおざなりにしてギャンブルを打ち続け、胸を張って生きている人間は殆ど居ません。
そんな、内心自覚している後ろめたい生き方を続けると、「自信がない」という感情に常に付きまとわれます。
人間であれば、自信を失うと尊厳が傷ついていきます。
そうなってくるとまず心が悲鳴を上げ、負のネットワークが網羅するように「脳」「身体」「精神」と、順不同にゆっくりと病んでいきます。
エネルギー溢れる元気一杯のギャンブル依存症は、残念ながら存在しません。
嬉しいのも悔しいのも、大きなエネルギーを発します。
ギャンブルは特定のルール上で、非日常的な規模の喜怒哀楽が味わえます。
ギャンブルを打っている間、様々な種類のエネルギーを発散したり溜め込んだりできます。
そして、そのおおきなエネルギーは他に換えがききません。
「ギャンブル場でしか成り立たないエネルギーに満ちた人間」
それがギャンブル依存症の人間です。
そのエネルギーは、当然ふだんの生活では昇華出来ないので、再び賭博に及び、常習します。
「博打の負けは博打で取り返す!」
は、とんでもない暴論であると同時に、上記の理由で正論でもあります。
ギャンブル依存症の人間が、博打行為以外にはさほど興味示さなかったり、仕事とか生活も最低限かそれ以下、もしくは破綻してしまうのは「彼」が身をもって証明してくれました。
生きる上での活力や欲求、希望も絶望も、ほとんど全てギャンブルで使ってしまうのです。
借金とかそのあたりは実はオマケみたいなものです。
彼が私に教えてくれた「ギャンブル依存症の本質」はそこでした。
そして、目が覚めて振り返るのに恐怖を覚えるそうです。
まっとうな感覚から考えてみればイカれているのは解っているのですから、それはそれは怖いでしょう。
ほどほど付き合える嗜好に戻れなくなるのが各種依存症の定義です。
彼はこの頃、尊厳は最底辺に押しやり、日々自分の納得のいかない生き方を惰性で続けている事に憤りを感じ続けていました。
しかし、それでも打ち続けました。
「僕が勝とうが負けようが、他人にとっては全くどうでもいい事だ。
僕が勝って本当に喜んでくれる人なんて誰も居ないし、僕がギャンブルで破産したとしても誰も同情すらしない。」
ホールの客が全員奴隷に見えた理由が彼は解ったそうです。
「ギャンブルに囚われている限り、このひとたちも僕も、ここで一喜一憂やんややんやとしている間に一生を終える。確実に。
用意された目の前のご褒美欲しさに僕の意思がどんどん無くなっていく。」
「ほかの博打中毒のひとがどうかは知らないけど、僕は、ギャンブルをヤメない限りは何もせずに一生を消化する。」
彼はもともと人一倍自尊心の強い性格です。
それがアダとなり、負けを認められずズルズルとギャンブルにハマりました。
しかしここで、彼はハッキリと「ギャンブルを打ちたいが、苦しい」その理由が解りました。
「結局、自分独りで楽しんで苦しんで、点みたいな世界で快感のみを買い続ける事なんて誰の為にもならないし、何より自分の為にならない。誰にも相手されないし、自分も自分に興味がなくなる。だから苦しいんだ。」
「打ちたい理由は簡単だ。楽しかったりアツかったり、強烈な快感だったり、全部むこうが用意してくれた機械に金を入れれば叶えてくれるからだ。」
「リプレイハズシも設定判別も立ち回りもクソもない。
台が無ければ一つも成り立たないんだから。
台が無ければ嬉しくも悲しくもなれない人間になりたくないや……….」
しかし、彼はすでにそんな人間に仕上がっています。
いくら悟った様な事を頭に並べても「脳内麻薬中毒」からは簡単に決別出来ません。
そんなこんなで、彼は苦しみながら打ち続けます。
奴隷の様に。