ギャンブル依存症解析【最初から読む】




さて、自己洗脳なんて言うとおおげさですが、要は思い込みでしょう。

 

人間が一つの事を本気で「思い込む」というのは案外難しく、簡単にできたら様々な事に対して苦労しないでしょう。
だから彼は「自己洗脳」という方法を自分なりの手段として使いました。

 

 

方法は、やっぱりただ思い込むだけです。
彼は、ヤメる少し前あたりから、ある事を確信的に感じたそうです。

 

「ホールで打っている客で、あきらかに僕と同じ様に依存症レベルの人間、
どこかみんな共通した顔つきをしていた。」

 

「なにかに取り憑かれた様な顔つきと物腰、やっぱり囚人というかそんな感じの雰囲気がある。みんな同じニオイがする。」

 

「で、それは何て言うか、悪霊とかに憑かれてるとか、誰か霊的な感性ある人がそう言ったら納得しちゃう感じ。」

 

「僕はそういう霊感とか解らないけど、多分あれは自分自身から出てるものだと思う」

 

「結局、怠けクセとか破滅欲とか、報酬脳とかいろいろあるけども、博打にハマる人間は、博打にハマりたい本能があるんだと思う。」

 

 

 

などと、かなり訳の解らない事を真剣に話してくれ、こう続けました。

 

 

「ギャンブルで勝ったり負けたりで、自分の中の理不尽で悪質な欲求を満たしてるんだと思う。
なんていうか、性癖。」

 

「そのちょっとおかしな性癖を、ある程度ラクに満たしてくれるのがギャンブルだと思った。」

「でもそれは、やっぱり中毒になって生活が破綻しちゃうから、ハマッちゃ駄目だと……..」

「そうじゃなくて、その扱いが難しい自分の欲求とか性癖を、まともに昇華させる方法を自分で考えてやらないといけないんだと思った。」

「ギャンブル依存症の人間って、ちょっと変わった欲求の持ち主で、それをどう満たしていいか解らないんだと思う。」

「そこで手っ取り早いのがギャンブル。」

「もともと、本能的に欲しいんだからあっという間に依存しちゃう。」

「欲は満たされるけど、囚われちゃうから苦しくなってくるんだ。」

 

「自分のその変わった欲を満たしてくれる替わりに、自分の意思を売り飛ばす行為なんだ。」

 

 

と、逸脱した事を真顔で述べました。
なんだか真理を説いている様に聞こえますが、私には半分くらいしか理解できませんでした。

 

「……..なるほど。それで具体的にどうヤメたのですか?」

 

「かんたん。さっき話した内容を完全に正しいと思い込んだんだ。
それで、じゃあどうしよう?って自問したら、ヤメる以外は無かった。
ギャンブル場って地獄をウロウロしてるうちに人生が終わっちゃうから………」

 

「そんな簡単にヤメられないでしょう?あなた中毒なんだから…….」

 

「そう。でもね、全部自覚して、どうするべきかって腹をくくるともう大丈夫。
………そう、その腹をくくるってのがどうしても出来なかったんだ。
自分なりの、これ以上は無理だっていう、行くトコまで行かないと解らなかった。
僕の場合は、負けまくってもうどう打てば勝つか解らないし、ただ苦しいだけの行為になったってトコ。」

 

 

「ふうん…………….それで……?」

 

「具体的には、まず全部認める事からやったよ。
僕は本能的に求めていた行為だから、その対象を否定するべきじゃない。

 

ヤメるけど、打ちたい。それはもうしょうがないってね。
ギャンブルも、ギャンブル依存症の人間も批難すべきじゃない。

 

ただ、それによって自分を放棄したり、他人に悪影響与える、つまり僕が陥ったレベルになっちゃうと、もうやっちゃ駄目なんだ。
他人から冷ややかな目でみられても耐えられるけど、自分で自分を本気で許せなくなっちゃうと、これはホントにヤバいんだ。
最終的に自殺とかそういうのが現実的に見えて来る。」

 

 

 

 

「…….ふん…..それがあなたの言う自己洗脳なんだ。
反省とはちがうのかな……?」

 

「自分なりにギャンブルに対して悟ったみたいな内容をアタマに書き込む感じ。
悟りが解析で、その解析結果の内容の書き込みによって再構築するんだ。
思考パターンとかそのへんをね。機械みたいに強制的に。

 

だからまず自分にとってギャンブルが何なのかってのを、実体験から全て正直に洗い出す。
そんで、それをアタマでまとめて認めるの。これが肝心。」

 

 

「それって、驚異的な精神力ないと難しいよね……無理じゃないですか?」

 

 

「ギャンブラーって、ある種の精神力が異常だから依存症とかになれるんだと思う。
それの使い方変えるだけだから、カンタンだと思ったよ。

僕はあそこまで異常な行為が出来たんだから、矛先さえ合わせれば可能だと思った。
ただ、一番の難関は、覚悟を決められるかどうかじゃないかな……
腹くくれないと、何年ウンウン考えても無駄だと思うし、強制更正施設とか行っても、どんな手を使っても絶対無理だと思う。」

 

 

 

「……….確かに。ただの反省とは違うみたいですね。
悪い意味じゃなくて、全て理解した上で自己完結させるやり方だしね。
それで解析ね。その絶対的な内容をまず認めちゃう訳だ。」

 

 

「そうそう!認めちゃったら、あとはカンタン。
まずは打たない事。
ギャンブルヤメるとか依存症から脱するとかはその後の話。
いきなりギャンブルヤメるってのは無理だよ。中毒だもん。」

 

 

「……..た、確かに。でもその打たないってのが難しいんでしょう……?」

 

「難しいけど、打たないの。
これ以上打ったらどうなるかとかもう解ったんだから、打つっていう選択肢は消えたの。」

 

「…….いやいや、でも打ちたいって感情は消せないでしょ?」

 

「そこ。打ちたいのは間違い無い。今だって打ちたいよ!
だからね、僕はまず打つっていう選択肢を完全に無くす事からはじめたんだ。
すごく計画的にやった。打ちたくても打てないって状況にすればいいんだよ。
打ちたい感情を消すのは超難しいけど、打つっていう選択肢を消すのは超カンタン。」

 

 

 

 

ある種の境地にでも達したかの様な口ぶりで彼は説明してくれました。
アタマがおかしくなったともとれます。

 

しかし、彼は「思考」と「行動」を機械に置き換え「感情」は別の扱いにし、「実体験」を「欲求」や「性癖」を源流とする「本能的な行為」と捉え、「霊的な何か」などの「不確定要素」の存在も加え、あらゆる感性を振り分けて構成した結果を自分なりの「結論」とし、それを「解析」と表現した様です。

 

プログラミング解析を終え、それに「ヤメる」というコードを書き込むだけで彼の長い長いギャンブル依存症生活が終わるとは、にわかには信じられません。

 

ただ、彼にとってそれくらい「解析」は絶対的な内容であった様です。
最もシンプルに表現すると
「狂気じみたギャンブル生活の中で、自分自身を知る事が出来た」
という感じでしょうか。

 

 

ギャンブル依存症の人格を構築したのも解析したのも彼であるが故に、その先どうするかは彼自身の判断によるものであり、又、彼の自由でしょう。

 

 

 

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